たまゆらの蝶
(飛牙マサラ, 螺旋の月)
【同人】
壱ノ巻 1
「冨○さん、いつもあなたは言いたいことを思うだけで言わないままですよね」
まったく呆れますよという態度を隠しもせず、胡蝶し○ぶはそう言った。が、言われた当の本人は無言の一言に尽きる。
「……」
一方的に責められる間にも冨○義勇の頭の中ではその答えを考えてはいるのだが、如何せん相手に伝わる言葉を紡ぐことが彼にはかなり難しかった。
今日も今日とていきなりし○ぶから話し掛けてきたかと思えば、この有様だ。
「あなたの口下手もそこまで行くと最早、立派な特技ですけど」
パチパチと拍手を義勇に送りつつ、し○ぶは微笑う。
「胡蝶、お前はいったい……」
何を言いたいのだと続けようとするもし○ぶにそれをあっさりと塞がれてしまう。
「あなたはいつでも最初から、しかも一から十まで説明しようとしますけどね、そうそう、炭治郎くんたち兄妹についてのときもそうでしたけど」
それは紛れもない事実。あの時、彼はし○ぶに説明を求められたからこそ彼女にすべてを説明しようと試みたわけだが、当然の結果としてそれは完全に拒否されたのは言うまでもない。
ではどうすればよかったのか。どう伝えればよかったのか、彼にはそれがまるで分からなかった。
竈門兄妹について何も知らないし○ぶに対して義勇は彼女にきちんと正しく伝えねばと思ったのだ。そう、複雑な話故、二年前の事柄から話すことが必須と判断しただけこのこと。
尤も相手に通じないのであればそれは意味をなさないのだが、義勇自身は全くそれを学ばない。否、学ばないのではなく、相手になぜ通じないのか、そこからが分かってはいなかった。
「まったくあなたの相手が出来るのはお館様か、せいぜい私か炭治郎君くらいですよ」
「……別に相手にしてくれとは言ってない」
それはある意味の本音。
義勇としては誰とも関わりを持ちたくはない、特に柱と名乗るものたちとは。
「あなたがたくさんの情報をいっぺんに言おうとして、けれどそれを放り投げて端的に結論だけを言うから皆に嫌われるんですよ」
「俺は嫌われてない」
この言葉だけには必ず即答する義勇にし○ぶは呆れて肩をすくめる。
「いつもそれですね」
それに対して嫌も応も義勇は答えることが出来ない、何故ならそもそも自分自身は嫌われる以前の問題なのだから。
「……」
本来の水柱になるべき男は己の不甲斐なさゆえに失った。あれほど強い少年であったのに、だ。あの時、藤襲山にいた鬼をほぼ彼が倒し、義勇を含め多数の同士を助けたが故に彼の刀は折れ、そしてそのせいで手鬼に敗れてしまった。
あのとき、もっと、もっと俺に何か出来たのではないのか。
何度、問うても仕方の無い、答えのない問いではあった。
「……そもそも俺は柱じゃない、からですか?」
「――っ!」
いつも表情を崩さない義勇ではあったが、まさかし○ぶからそう言われると思わなかったのだろう、相当に驚いた表情を浮かべていた。
尤もそれは長い付き合いである彼女だからこそ分かるものでもあったが。
「何故それをって表情ですね。それだけお館様がいつもそのことであなたのこと心配されていらっしゃるってことですよ」
それは痛いほど知ってはいる、知ってはいるが、尚のこと、お館様が彼に水柱の地位を与えたのかはついぞ理解出来ないままだった。
「……俺は柱になるべきものではなかった。本来ならば俺などではあり得無かったのだから……」
漸く言えたのはその言葉のみ。その間に足りない言葉がどれだけあるというのか。ただ彼はそれを伝える術を、言霊を持ち合わせてはいなかった。
故に伝わることのない感情たちが常に己の心の中で渦巻き続ける。
そんな様子を見つめながら、し○ぶは静かに、ゆっくりと、いつもの様な軽口ではない口調で義勇に向かって言葉を放つ。
「あなたが今のご自分のことをどう思おうとも、どう言おうともあなたは今、水柱なんです。それは変わりませんよ。それともお館様の選定に異議を唱えたいと? あなたの育手に見る目がなかったと言わせたいと?」
義勇とてお館様への尊敬は当然、他の柱と変わらぬほどにある。そして師である鱗滝への敬愛もそうだ。彼が自分を育てたからこそ生き残れた、そして今も生きている。
ただ、義勇に対して柱の任務をとお館様が命じた日、どうにもならない感情が駆け巡った。当然、断ることも許されただろう。
心にあったのは繰り返される悲劇を止めなければならない、生き残ってみせねばならない、それだけを言い聞かせ続け、戦い抜けてきたのである。
だがその間、己が柱に相応しいとは一度たりとて思ったことはない。
だからこそ誰に対しても距離を開けていた。自分が柱として師の後を継いでいることに、また柱合会議にいることに納得できぬままだったから。
「……胡蝶、だが」
「あなたはそれでも水柱になった、それが答えではいけないんですか?」
凜とした声でし○ぶは義勇にはっきりと答えを突き付けた――そう、経緯はどうあれ柱になる道を選んだのは彼自身だと。
それを言われてはぐうの音も出ない。彼女の言うとおり断る、という選択は確かにあり、それをしなかったのは義勇自身だ。
「だいたいですね、あなたの言葉を聞く人がすぐ傍にいても、それに気が付かないのは本当にお馬鹿さんですよ」
じっとし○ぶは義勇を見つめ、義勇も思わずし○ぶを見返していた。
話を聞く相手……?
少し考える。そんな相手がいただろうか。
炭治郎は弟弟子として慕ってくれてはいるが、胡蝶が言うのは炭治郎のことでは無いだろう。
それでは誰か。幾ら義勇でもそれは理解した。
「……胡蝶、確かに言葉を交わすのはお前が多い。だがお前はいつも話を遮るぞ?」
ふうっとため息をついて、し○ぶは苦笑する。
「そのくらいは気が付いたんですね。けれど何故そうなるかは全く分かってないと来ましたか。本当に……私がいなくなったらどうするつもりなんでしょうね、冨○さんは」
声の音が変わる、それはいつもの様な揶揄い口調ではなかった。
「胡蝶?」
いなくなる? 誰が?
し○ぶに何を言われたのか、義勇は理解することが出来ずにいた。
「ねえ、私がいなくなってしまったら、薄情にもあっさり私のことをを忘れてしまいますか? 義勇さん?」
時折、彼女は彼を名字ではなく、名の方で呼ぶことがある。今はそのときらしい。
「それとも少しは悲しんでくれますか?」
それを聞いてらしくなく義勇は動揺していた。表情に出ることはないが、し○ぶはそれを分かっているという仕草を見せる。
し○ぶとは何だかんだで鬼殺隊の任務をともにすることが多かった。何かにつけ、『冨○さん、答えてくれないんですか?』と尋ねてきたが、義勇はいつも答えを投げ返したことはほぼない。
それでも彼女が諦めたことはなく、何かしらの答えを無理矢理彼からもぎ取ってきた。
だが、今日の問いはそれらとはまったく違うものだ。
―私がいなくなったらどうしますか―
そんなことを聞いてきたことは今までなかった。
鬼殺隊という命を賭けた部隊にいるのだから当然鬼たちとの戦いの最中、最悪の結果を齎すことは柱とて有り得る、いや、柱だからこそより高いだろう。
それは炎柱であった煉獄杏寿郎が示している――彼もまた柱としての任務を全うし、己の武と誇りを持って散っていったことでも証明されている。
音柱・宇髄天元もそうだ。彼の矜持を持って、己の妻たちも炭治郎たちも護り、皆で上弦の陸を倒した。
彼らの存在は義勇には誰も眩しく、関わることは少なかったが、それでも畏敬の念は抱いていた。他の柱たち対してもそうだ。それが伝わっていないとしても義勇は構わないと思っている。
柱の誰もがその地位にいるべくしてそこにいる――し○ぶを含めて。
柱は他の隊士たちより遙かに強い、確かに強いが、残念ながら無敵ではない、……悲しいことに。
煉獄の前にも倒れた柱は何人もいる、下位の隊員であったものたちであれば尚のこと、だ。そしてそれらを幾度となく見てきた、義勇もし○ぶも――それこそ数え切れない程に。
義勇は己の武を持って、し○ぶは己の技術を持って、最善の道を模索してきて、ここにいる。
それは紛れもない事実。
誰からも距離を置こうとする義勇にし○ぶは決して引かなかった。他の柱のように放っては置かない。むしろ何だかんだでことある毎に絡んでくるのだ。
皮肉にも義勇もし○ぶも経緯は違えど、互いに最愛の姉を喪っている共通点がそうさせているのかもしれない。
立場が似ているから理解る、ということではないが、恐らくは他の柱たちよりは何処か近い場所に互いはいるのだろう。
だから「死」というものに一番近い位置に立つ柱である彼女が何故そんなことを言うのか、義勇には全く分からなかった。
「今、そんなことを言ってる場合では……」
漸くその一言だけを言葉にした。無論、その言葉の中に伝え切れていないものがあるが、それを形に変えることがやはり彼には出来なかった。
「本当にいつでも、どんなときでもあなたの放つ言葉はとても少ない、その後ろにある言葉は溢れかえっているというのに……お馬鹿さんですね」
そのままし○ぶは義勇に近付き、にっこりと微笑う。
壱ノ巻 2
「義勇さん、こっち向いてくれませんか?」
彼は言われるまま彼女の方に顔を向けると、し○ぶは背伸びして己の唇を彼の唇にそっと重ねる。
「まったく不器用な人なんですから。でも、自分を勝手に否定するなんて駄目ですよ」
行動と言葉に辻褄が合わないと義勇は思ったが、言えたのはたった一言。
「胡蝶、お前……」
恐らくは何をと続けたいのだろうが、義勇はそのまま絶句したままだ。彼とて口づけという行為自体があることは幾ら何でも理解してるが、何故し○ぶが己に対してそれを行ったのかなぞ理解は出来ない。
らしくなく狼狽える義勇の様子にいたく満足しつつ、し○ぶはにっこりと微笑んだ。
し○ぶの見せる仕草は彼女独特な艶っぽさを常に纏うが、今日のそれはいつにも増しているようだった。少なくとも義勇は初めて見た表情だった。
「女の私にここまでさせて逃げる気ですか? まあ、そもそも私から逃げられるわけないですけどね」
「逃げるなど」
その返答が如何なるものになるか、義勇も考えなかったわけでは無いが、逃げるという選択は無かった。
壱ノ巻 3
「だったら二人だけになれるところへ行きましょう?」
踊るように義勇の手を取り、し○ぶは彼を誘う。
「時間は有限ですからね」
それに対して一言、
「そう、だな」
そう返した。
誘われるままに義勇はし○ぶと歩を進めていくが、そのときに彼女の問いに答えてはいないことに気がついた。
だが、何と答えればいいのか、考えれば考えるほどに言の葉を紡げない。
し○ぶは立ち止まり、振り返って義勇の心中をあっさり読んで、
「どうせあなたは言葉に出来ないんですから、せめて今は態度で示してくださいよ?」
そう言いながら義勇の手を自分の両手で包み込む。
無骨で大きな手、けれどなんて暖かいのだろう。
「今は……あなたのぬくもりが私は欲しいんです」
まるで今にも消えそうな切ないほどの細い声でし○ぶはそう言った。
義勇が思わず彼女の手を握り返すと、それが義勇からの返事なのだと理解し、安心したようにし○ぶは微笑う。
「だからくださいね、今宵一晩、あなたの時間を」
「なら、お前の時間を俺も貰う」
はっきりと、そしてまっすぐにし○ぶを見つめて義勇は言った。それは流されたのではない、彼自身の意志によるものだった。
し○ぶはその義勇の言葉に驚いたが、直ぐに彼の手を引き、
「……あなたがそう言うのなら仕方ありませんから、あなたの時間の代わりに私の時間をあげますよ」
そう言って、少し悪戯っぽい表情を浮かべながら義勇を誘っていく――二人だけの時間の中へ。
タイトル | たまゆらの蝶 |
サークル | 螺旋の月 |
作者 | 飛牙マサラ |
カテゴリー | 乙女向け/TL、 |
ファイル容量 | 143.61MB |
ジャンル | シリアス、純愛、和姦 |